検証

個人で始めた移住相談を、行政の窓口に手渡すまでの4年

いま動いているもの — kimobetsu-relations.net

kimobetsu-relations.net というサイトを運用している。「きもべつ関わりかた相談窓口」というサイト名で、訪れる→関わる→滞在する→住む、の4ステップで喜茂別町との関わり方を提案している。試験移住プログラム「くらしあむジャーニー」もここに紐づいている。

このサイトの運営は、いまも僕がやっている。これは町役場と連携しながら立ち上げたものだ。行政側に制度の窓口、民間側に接点の窓口、という二重構造になっているのが、いまの喜茂別の関係人口まわりの形だ。

このサイトに至るまでの経緯をひとつの線として書いておきたい。2020年初頭に僕が一人で始めた移住相談が、4年がかりで行政の制度窓口を生み、いま民間側の接点としてこのサイトに着地した、という線だ。


発端 — 「カスタマーサクセス的に移住に伴走したい」と思った2020年

2020年初頭、僕は個人で移住相談を受け始めた。

きっかけは、カヤックLivingの松原さんが書いていた「移住領域にカスタマーサクセスを持ち込みたい」という趣旨のコラムだった。要は、移住希望者の想いに寄り添って、移住前から移住後まで伴走する仕組みが必要、という話。

プロダクトの世界では当たり前のカスタマーサクセスが、地域に来た瞬間に消える。移住イベントで盛り上がっても、実際に動き始めた人をフォローする人がいない。来てくれた後の暮らしを支える仕組みもない。

これは僕の問題意識ともピッタリ重なった。だから、まず僕個人がそれをやってみる、というところから始めた。


当時やったこと — SMOUT登録、250件超の相談、3つの立場の往復

具体的にやっていたのはこのあたり。

  • 移住マッチングサービス SMOUT に喜茂別関連のプロジェクトを登録する
  • 「地方でなにかしたいけど一歩が踏み出せない」という相談に、片っ端から応える
  • 自分は喜茂別への移住者でもあるので、移住者の立場として体験を共有する
  • 喜茂別側の受け入れ役として動くので、受入側の立場でも調整する
  • プラットフォーム(SMOUT)の使い方も詳しくなるので、事業者寄りの立場でも考える

この3つの立場を、ひとりの中で行ったり来たりしていた。気がついたら相談は250件を超えていた。

ここまでは、「個人でもここまでやれる」という体験として、それなりに手応えがあった。


当時はこう考えていた — 「町全体でやらないと部分最適になる」

ただ、250件を超えるあたりから、明確に個人の限界にぶつかった。

当時の僕がはっきり言葉にしていたのは、こういうことだった。

いま僕がやっているのは、地域内連携が抜けた部分最適になっている。一人で頑張れる範囲には天井があって、そこを超えるには町全体で取り組む形に変えないといけない。

このメッセージを、町の人や行政の方に、機会があるたびに言い続けていた。当時の note にもしつこく書いていた。

そして2022年4月、ようやくそれが形になった。喜茂別町役場のまちづくり振興課が、関係人口推進・移住相談の窓口機能を正式に担うようになった。

当時の僕は、そのタイミングを「喜茂別もようやく他の自治体と同じスタートラインに立てた」という言い方で受け止めていた。スタートライン、という言葉を使っていたのが、いま読み返すと象徴的だ。


いま見直すと — あれは「個人 → 行政 → 自走」の引き渡しだった

4年経ったいま、当時の動きを振り返って言葉にし直すと、こうなる。

あれは単に「個人では限界だから町に頼んだ」ではなくて、地域に対するカスタマーサクセスの引き渡しプロセスだったと思う。

カスタマーサクセスの仕事は、お客さんが自社プロダクトを使って自走できる状態を作ることだ。地域に置き換えると、地域の人たち(行政も含む)が自走できる状態を作ることになる。

このフレームで2020〜2022年の自分を見直すと、当時やっていた250件の相談は、それ自体が成果物だったわけじゃない。

  • 個人の手で受け切れない量の相談を、まず**「需要がある」というデータ**にして可視化する
  • そのデータをもとに、町全体で取り組むべきだというロジックの土台を作る
  • 受入側と移住者の両方を経験することで、窓口が必要とする機能リストを体で覚える
  • それを最終的に行政に引き渡せる粒度まで整えておく

つまり、個人で背負っていた間ずっと、制度化して行政に渡せる部分と、接点として民間に残るべき部分が、自然に切り分かれていった。当時はそこまで意識できていなかったけれど、結果的にそうなっていた。

これが、僕にとっての「地域のカスタマーサクセス」の核心だ。


いま — 運営は僕がやっている。ただしひとりでは続けない

2026年現在、kimobetsu-relations.net の運営は、僕がやっている。サイトの設計も、コンテンツも、「訪れる→関わる→滞在する→住む」の各フローの整備も、僕の手から離していない。

Foodies の振り返り記事を読んだ人は、「触媒として手を引く」と言っていたじゃないか、と思うかもしれない。ここは違う。

なぜ違うかというと、移住相談・関係人口の窓口は「接点」だからだ。

Foodies のような加工品プロジェクトは、農家さんの本業として外に着地できる。一度仕組みができれば、僕が手を引いてもプロジェクトは続く。場(チグリス)から外に出るのが健全だった。

一方、相談窓口というのは、地域の外と内、人と組織、移住希望者と既存住民、そのあいだに立ち続ける接点だ。接点は、誰かが意識的に持ち続けないと消える。火種が起きる場所そのものを担う仕事なので、ここを手放してしまうと、次の火種が起きづらくなる。

だから、ここは手放したくない。火種をつくり続けるためのポジションとして、相談窓口の運営は意識的に残している。

ただし、ひとりでやり続けるつもりもない。2020〜2022年の自分は属人の塊だった。あの状態に戻すのは違う。

2026年時点での次のフェーズは、少しずついろんな人を巻き込みながら運営していくことだ。

  • 移住者の先輩、地域の事業者、行政の担当者、来訪経験者、まだ住んでいない関心層
  • それぞれの立場の人に、相談窓口の一部の機能を一緒に担ってもらう
  • 「相談に乗る人」「コンテンツを更新する人」「町に連れていく人」を増やしていく
  • 接点の中心は維持するけれど、接点の中身は分散させる

属人性を完全に外すのではなく、接点機能は残しつつ、運営の中身をチームにしていく。これがいまの僕にとってのカスタマーサクセスの落とし所だ。


当時 vs いまの解釈、まとめ

観点当時の僕(2020〜2022年)いまの僕(2026年)
個人相談の意味自分にできる範囲のサポート行政に引き渡すための需要データと機能設計の蓄積
「町全体でやるべき」の主張個人では限界だから誰かに頼みたい個人→行政への引き渡しプロトコルとして必要だった
窓口開設の評価軸スタートラインに立てたカスタマーサクセスの最初の引き渡しが完了した
自分のポジション移住相談の主担当(属人で運営)接点として運営は残すが、中身はチーム化
成功の定義相談件数や移住者数接点機能が止まらないこと(属人ではなくチームで支える)
窓口の形自分一人行政(制度)と民間(接点)の二重構造

学び — 地域のカスタマーサクセスは「個人 → 制度・接点 → 自走」の3フェーズ

Foodies の振り返り記事でも書いたけれど、僕のスタンスは地域のカスタマーサクセスだ。火種をつくり、仕組み化したら手を引く。地域の人たちが自走できる状態を作るのが仕事だと思っている。

この4年で学んだのは、地域に対するカスタマーサクセスには3つのフェーズがある、ということだ。

  1. 個人フェーズ:個人が手弁当で需要に応える。需要があることをデータと体で証明する
  2. 制度・接点フェーズ:制度化できる部分は行政に渡し、接点として残すべき部分は民間で持つ。属人性を外し始める
  3. 自走フェーズ:行政の制度と民間の接点が両輪で回り、運営はチームで支える。個人への依存度が下がる

僕は移住相談で、フェーズ1から2への境目を経験した。kimobetsu-relations.net は、フェーズ2からフェーズ3に向かっている途中の姿だ。

ここでひとつ整理しておきたい。「自走」は、運営者が消えることじゃない。運営者がひとりじゃなくなることだ。

Foodies のように本業へ着地して場の外に出るパターンと、相談窓口のように接点として残るパターンがある。テーマが「成果物」か「接点」かで、運営者が手を引くかどうかが変わる

  • Foodies型(成果物):プロジェクトが本業として着地 → 運営者は手を引く
  • 窓口型(接点):接点機能は残り続ける → 運営者は残るが、運営はチーム化する

どちらも「個人 → 仕組み → 自走」だけれど、自走の中身が違う。これが、Foodies の振り返りでは見えていなかった、もう一段の解像度だ。


個人で始めることの意味、行政に渡すことの意味

最後に、当時よく言われたことを書いておく。

「最初から町や行政にやってもらえばよかったんじゃない?」と聞かれることがあった。当時の僕は答えに詰まっていたけれど、いまははっきり答えられる。

個人で始めないと、行政と分業できる粒度の設計図ができないからだ。

行政は「やってみる」フェーズが苦手で、「制度として運用する」フェーズが得意だ。逆に、個人は制度設計が苦手で、目の前の一人にフィットさせるのが得意だ。

だから、最初の一人ひとりに泥臭く合わせるところは個人がやり、ある程度パターンが見えてきた段階で行政に制度の部分を渡し、接点の部分は民間に残す。両方が並列に動いて補完する形になる。カスタマーサクセスを地域に持ち込むときの順番は、たぶんこれが自然だ。

逆に言うと、個人として始める人がいないと、行政には何も渡らない。喜茂別の窓口が他自治体と比べて遅かったわけじゃなくて、手渡せる粒度になるまで個人が250件受けていた、という地味な準備があった。それは行政の力不足じゃなくて、必要なプロセスだったと、いまは思う。


次のステップ — 接点を保ちつつ、運営を分散していく

2026年時点で、僕がやろうとしているのは2つだ。

ひとつは、kimobetsu-relations.net の運営をチームに開いていくこと。

  • 移住者の先輩・地域事業者・行政担当・関心層、それぞれに窓口の一部の機能を一緒に持ってもらう
  • 「相談に乗る人」「コンテンツを更新する人」「町に案内する人」と機能を切って分担できるようにする
  • 接点機能(中心)は維持しつつ、運営の中身を分散させる

これは「カスタマーサクセスを属人から外す」の、僕なりのやり方だ。担当を交代するんじゃなくて、ひとつの窓口を多人数で支える

もうひとつは、こうやってメディア(このサイト)で思考の在庫を残しておくこと。チームに開いていくとき、なぜこの設計になっているのか、過去どんな試行錯誤があったのかを、読み返せる場所が要る。サイトのコードも、ドキュメントも、過去のnoteも、全部その在庫だ。

加えて、別の地域で同じ「個人 → 制度・接点 → 自走」プロセスを始めたい人と、経験を交換していく。再現性のあるレシピにできるかは怪しい(Foodies の振り返りで書いた通り、地域で起きることは偶然性が強い)けれど、構造の型くらいは共有できるはずだ。

僕は窓口から手を引かない。でも、ひとりでは続けない。接点としては残り、属人としては減っていく。それが、いまの僕にとっての kimobetsu-relations.net との距離感だ。


もし「個人で需要を受けているけど、どこで仕組みに渡せばいいかわからない」みたいな段階の方がいれば、ぜひ話したいです。フェーズ1から2への引き渡しは、たぶんいちばん語られていない部分だと思っています。


この記事について

この記事は、過去の僕が書いた以下のnoteを元にリライトしています。

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