検証

「思考は僕、執筆はAI」を本当に分担できるのか、僕のメディアで実験している

メディアを作ろうと思った、その動機の正直なところ

このメディア「地域課題、どう解く?」を立ち上げた。今、その立ち上げ作業をしながら、この記事を書いている。

なぜ作ろうと思ったかというと…正直に言うと、書きたいことは溜まっているのに、ちゃんと書く時間が取れないという、本当によくある詰まり方をしていたからだ。

喜茂別での清掃活動、青年部の話、Tigris での出来事、教育の話。考えたことはノートやSlackに散らばっていて、たまに note にまとめるけれど、まとめきれない断片の方がはるかに多い。

そこに、Claude Code が登場した。

「思考は僕、執筆はAI」という分担にすれば、僕が書ききれない量を、メディアとして積み上げられるんじゃないか。そう思った。

…そう思った、けれど、本当にできるのかはやってみないとわからない。だから、このメディア自体が実験だ。


「思考と執筆を分ける」とは何をすることだったか

最初、僕の中でこの分担はもっと単純なものだと思っていた。僕はネタを出して、AIが文章にする。それだけ。

でも、やってみると、もうちょっと複雑だった。

思考側に残る作業:

  • 何を書くかを決める(テーマ・セクション・コンテンツループ上の位置)
  • 僕の体験や事実を、ソースとして渡す(議事録・Slack発言・写真)
  • 構造の骨格を伝える(「これは分析記事で、3層に分解してほしい」など)
  • 出てきた草稿を読んで、違和感のある場所を指摘する
  • 文体が僕っぽくなっているかを判定する

AI側に渡せた作業:

  • 章立ての整理
  • 文章の流れの整形
  • 例の言語化(「こういう感じ」を「具体的な文章」に変換)
  • 表やコードブロックの整形

つまり「執筆」と一言で呼んでいたものの中身は、判断と作業に分かれていて、判断の部分はやはり僕に残る。

これは、別に悪い発見じゃない。むしろ「思考は僕、執筆はAI」というキャッチフレーズの解像度が上がったというべきだと思う。


content/ と web/ を分けた、地味だけど効いている設計判断

このメディアのリポジトリは、content/web/ が分かれている。

最初は「Next.js のプロジェクトひとつでいいじゃん」と思っていた。でも、分けてみて気づいた。執筆体験と開発体験は、別物として扱ったほうがいい

content/ には MDX ファイルと素材しか入っていない。記事を書く時、TypeScript の話も、ビルドエラーの話も、Tailwind の話も出てこない。書くことに集中できる。

web/ には Next.js のコードしかない。レイアウトを直す時、記事の中身を気にしなくていい。

…これ、プロダクト的に言うと「関心の分離」という当たり前の話なんだけど、僕一人のメディアでも効くというのが発見だった。

「執筆者と開発者が別人」じゃなくても、「執筆モードの僕と開発モードの僕」は別人なので、ディレクトリを分けるだけで脳の切り替えが楽になる。


1記事目を書いてみて、AIとの分担で何が変わったか

最初の記事は、過去に note に書いていた「いくら綺麗にしてもゴミは捨てられる」をリライトする形で作った(gomi-no-kouzou.mdx)。

ゼロから書くのではなく、リライト。これは正解だったと思う。

なぜなら、僕の文体を学習させる素材になるからだ。AIに「note の元記事はこう書いてある、これを構造化してリライトして」と渡すと、AIは自然と僕の文体を真似てくれる。

完全に同じにはならない。たまに「〜である」「〜と言える」みたいな硬い表現が出てきて、削る。「ですよね」「〜と思います」みたいなのが滑り込んできて、削る。

このフィルタリング作業は、僕にしかできない。僕の文体は、僕が削った後にしか残らない

「執筆はAI」と言いつつ、最後の引き算は人間がやる。これはたぶん、しばらく変わらない構造だと思う。


それでも残るモヤモヤ — 「僕の文体って何だっけ」

ここまで書いてきて、ひとつだけ気持ち悪さがある。

AIに書いてもらった文章を読むうちに、僕の文体がわからなくなる瞬間がある。

「これ、僕が書いた文章だっけ?AIが書いた文章だっけ?」と一瞬わからなくなる。読み返して「うん、これは僕っぽい」と確認すれば済むのだけど、その確認の手間が積もると、書くことそのものへの解像度がぼやけてくる感じがある。

これは技術的な問題じゃなくて、自己同一性の問題だと思う。

対策として、今は「過去の note を一定期間ごとに読み返す」という地味なことをしている。AI に染まりすぎないための、僕の文体のリファレンスをキープしておくための行為。

…これも、しばらく実験を続けないと結論は出ない。


このメディア自体が、実験だ

冒頭にも書いたけれど、このメディア自体が「地域課題はプロダクト思考で解ける」という仮説の検証フィールドであり、同時に「AI 執筆ワークフロー」の実験室でもある。

実験の指標として、僕の中では2つ持っている。

  1. 書ける量が増えるか(月に1本しか書けなかった人間が、月に3〜4本書けるか)
  2. 書く前と書いた後で、僕の思考が深まるか(AIに書かせて終わりになっていないか)

最初の1〜2ヶ月でこの2つを見て、続けるか、やり方を変えるかを決める予定。

「思考は僕、執筆はAI」という分担は、たぶん幻想を含んでいる。完全に分けるのは無理だ。でも、どこに線が引けるかを実地で探ること自体に、たぶん意味がある。


同じように Claude Code や AI で何かを作っている人がいれば、どう線を引いているのか、ぜひ教えてください。一緒に試行錯誤できる人が増えると、この実験ももっと進む気がしています。

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