"事前" は、本番の前座ではない
ある地域講座を運営している。移住に関心のある人や、地域おこし協力隊として動き始めた人向けの、実践型の講座だ。
その回の運営振り返りで、こんな話が出た。
「事前オリエンテーション、参加率が思ったより上がらなかったんですよね」 「事前オリ自体は良かったけど、参加した人と参加しなかった人で、本番のスタート地点に差が出ましたよね」
これを聞いて、僕はしばらく考えた。
「事前オリ」というのは、本番の前にやる "おまけの説明会" として設計されがちだ。けれど、参加率が落ちると本番にハッキリ影響が出るということは、事前オリは前座ではなく、本番体験のいち工程ということになる。
このメディアの PdM Playbook を、地域に翻訳する の系譜で、この再設計の話を書いておきたい。Web プロダクトの世界で言うと、これは完全にオンボーディング設計の問題だ。
SaaS のオンボーディング Funnel と並べる
Web の SaaS プロダクトで「オンボーディング」と言うと、だいたい以下の段階を指す。
Signup → Welcome → First Action → Aha Moment → Habit
各段階で、ユーザーは脱落しうる。だから PdM はこれを Funnel として捉えて、各段の通過率を上げる打ち手を設計する。
これを、地域講座に並べるとこうなる。
SaaS 地域講座
───────────────── ───────────────────
Signup ↔ 申込
Welcome Email ↔ 申込後の最初の接触
First Action ↔ 事前オリ
Aha Moment ↔ 本番 (講座当日)
Habit Formation ↔ 事後コミュニケーション
「事前オリエンテーションは First Action にあたる」という対応がつくと、何が見えてくるか。
First Action の通過率は、Aha Moment の到達率と強く相関する。これは SaaS でずっと観察されてきたパターンだ。「最初に小さく一歩を踏み出した人ほど、本番でちゃんと価値を受け取れる」。
地域講座で言えば、事前オリに参加した人は、本番でのスタート地点が違う。場の空気、運営の顔、他の参加者の存在 ―― これらに事前接触できているからだ。
各層で起きている脱落と、打ち手
順番に見ていく。
申込 → 申込後の最初の接触
ここで起きていること: 申込フォームを送って、確認メールが来て、それで一旦止まる。次のイベント(事前オリの案内)まで何週間か空く。
この空白期間が長いほど、参加者の熱量は冷める。SaaS で言えば「Signup したけど初回ログインしないまま 1 週間経つ」状態に相当する。
打ち手: 申込直後にスタートする "ウォームアップ" の設計。たとえば、
- 申込日のうちに、運営からの個別 Welcome メッセージ
- LINE 公式アカウントへの誘導(プッシュ通信路の確保)
- 本番までのスケジュール一覧と、各回の意図の事前共有
ここを設計しないまま事前オリの案内だけ送っても、参加率は伸びない。
申込後の最初の接触 → 事前オリ
ここで起きていること: 事前オリの当日案内が "1 つの URL と日時" だけになっていて、参加するハードルが下がっていない。
ある回の振り返りでも、「事前オリは集まりが悪かった」「動画化・テキスト化に切り替えた」という意思決定が出ていた。これは正しい方向だ。
打ち手: 同期セッションと非同期コンテンツの二段構え。
- 同期版(オンライン or オフラインの事前オリ)
- 非同期版(録画 + テキスト要約)
参加率を KPI にしてしまうと「全員を同期に集める」が目的化する。でも本来の KPI は **「事前オリで得るべき情報・関係性に、本番までに触れられた人の割合」**だ。これを満たすなら、非同期で見た人もカウントしてよい。
参加率を捨てる代わりに "事前到達率" という指標を持ち込むと、設計が変わる。
事前オリ → 本番
ここで起きていること: 事前オリと本番のあいだに時間があって、参加者の熱量が再び冷める。
打ち手: 継続接点(LINE 公式アカウントなど)の早期運用。
LINE 公式アカウントは、地域系の事業者にとって in-app message + Email + Push 通知を兼ねる "プッシュ通信路" になる。SaaS の世界で Intercom / Customer.io が果たしている役割と近い。
ここで気をつけるべきは、**「告知用の一斉送信に使うな」**ということだ。一斉送信ばかりだと、参加者の通知欄でブロックされる。
LINE 公式は、
- 参加者一人ひとりの状態に応じた連絡(前回出ましたか / 次回どうですか)
- グループではなく、運営 ↔ 参加者の 1on1 線
- 質問・相談の入り口
として使うときに最も効く。これは SaaS の Customer Success が個別アウトリーチで使う通信路と同じ思想だ。
本番 → 事後
ここで起きていること: 本番が終わった瞬間に、運営側のフォローも終わる。参加者は「いい体験だった」と感じるが、次のアクションに繋がらない。
打ち手: 本番終了後 30 日の伴走設計。
SaaS の世界では、Aha Moment を感じたユーザーをそのまま放置すると Habit にならない、というのが定説だ。同じことが地域講座でも起きる。
本番後 30 日で起きてほしいことを、最初から設計する。
- 自分のフィールドで、講座で得たことを 1 つ試す
- 試した結果を、運営または参加者コミュニティに共有する
- 次の動きの相談をする
ここまで設計して初めて、講座は "Habit" 段階に到達する。
一枚絵にまとめる
最終的に、地域講座のオンボーディングは、こう一枚で持っておきたい。
申込
↓ (24h 以内)
個別 Welcome + LINE 公式誘導
↓ (申込から本番までの空白期間)
事前オリ(同期)+ 録画/テキスト(非同期)
↓
本番(講座当日)
↓ (当日中〜翌日)
事後の個別連絡 + 振り返り共有
↓ (30 日)
1 つ試す → 共有 → 次の相談
各矢印に "通過率" を測れる指標を置く。これが、地域版オンボーディング Funnel になる。
参加率より、事前到達率
冒頭の問い「事前オリの参加率が上がらない」に戻る。
PdM の観点で答えると、これは 「参加率を KPI にしている限り、ずっと答えが出ない問い」 だ。参加率を最大化する設計は、参加者にとって負担が増える方向に寄りやすい。
代わりに、
- 事前到達率 : 事前オリの内容に、本番までに触れた人の割合(同期 + 非同期)
- 本番でのスタート地点の揃い : 本番冒頭で参加者がスタートできる場所のばらつき
- 30 日後アクション率 : 本番後 30 日以内に何らかの次アクションを取った人の割合
の 3 つを並列で見ると、設計の論点が変わる。
「参加率」を捨てるのは怖い。けれど、本来達成したかったのは参加率ではなく、本番で受け取ってもらいたい価値の方だ。
開いている問い
地域講座のオンボーディングを SaaS の Funnel として書き直したいま、もう一つ気になっていることがある。
地域講座は、"Habit" の先 ―― つまり Habit Formation のさらに先に何を置けばいいのか。
SaaS なら "Habit → Retention → Advocacy" と続く。Advocacy(推奨)の段階で、ユーザーは他のユーザーを連れてくる。
地域講座で言えば、過去の参加者が次の参加者を連れてくる、あるいは自分の地域で同様の講座を運営する、という形になる。ここまで含めて設計すると、地域講座は「一過性のイベント」から「自走する仕組み」に変わる。
それを設計するための語彙を、次の記事で書く予定にしている。