今日、リポジトリを Public にした
このメディアのソースコードを置いている GitHub リポジトリを、Private から Public に切り替えた。
きっかけは、Claude Code で作業しているときに「GitHubも公開したほうが面白いかな?」と僕が呟いて、「面白いと思います」と返ってきたところから始まった。…呟きから30分後にはコマンドを叩いていた。
公開したのはこのリポジトリ:hico-mrmgn/local-pdm
「公開しても大丈夫か」は、すぐに済んだ
技術的な確認は、ほぼ一瞬で終わった。
.env系の機密情報は最初から.gitignore済み- API キーや秘密鍵は混入していない
- 議事録や現地メモなど、外に出さない素材を入れる
content/sources/も除外済み
このあたりは、最初にリポジトリを切ったときから「いつか公開してもいい状態」で設計していたので、改めて確認するまでもなかった。
…が、迷ったのは別のところにあった。
迷ったのは、下書きと AI プロンプトを見せるかどうか
このリポジトリには、サイトに出していないものも入っている。
下書き:content/drafts/ には、まだ公開していない About ページのリライト草稿がそのまま入っている。draft: true という frontmatter は付いているからサイトには出ないけれど、GitHub からは普通に読める。
AI プロンプト:content/prompts/ には、AI に渡している執筆プロンプトが入っている。「note の元記事を、この文体・この構造でリライトしてほしい」みたいな指示書だ。
つまり、完成品として出すつもりがないものを、外から覗ける状態にしていいのか、というのが本当の論点だった。
それでも見せることにした理由
少し考えて、見せる方を選んだ。
理由はいくつかある。
1. このメディアは「実践を見せる」がコンセプトだから
「地域課題、どう解く?」という看板を掲げて、自分の試行錯誤の過程を書いている。完成品だけ並べて「こうやるといいですよ」と言うのとは、根本的に違うことをやっているつもりだ。
そのメディアが、自分の作り方は隠している、というのは整合性が取れない。
2. AI 執筆ワークフローを実験対象にしているから
別の記事で書いたとおり、このメディアは「思考は僕、執筆はAI」という分担を実験している場所でもある(実験記事)。
その実験を書いておきながら、AI に渡している実物の指示を見せないのは、実験報告として片手落ちだ。再現したい人がいたとしたら、プロンプトこそ一番見たい部分だと思う。
3. 僕のスタンスは「地域のカスタマーサクセス」だから
これは僕が地域での関わり方を考えるときの軸でもある。人やコミュニティが自走できる状態を作ることが、僕の役割だと思っている。
自走するためには、まず仕組みが透けて見えていないといけない。隠された完成品より、透けて見える仕組みの方が、たぶん他の誰かの参考になる。
…これは、地域での動き方と、メディアの公開の仕方が、同じスタンスでつながっている、というだけの話かもしれない。
見えるようになったもの
公開された結果、外からこれが全部見える。
- 7本の記事の MDX ソース(書き直し前のmarkdownそのまま)
- AI に渡している執筆プロンプト2本
- 下書きの About ページ(試行錯誤の途中)
- Next.js のコード(コンポーネント、レイアウト、コンテンツ読み込みのロジック)
- 設計ドキュメント(Design Doc、スタイルガイド、ワークフロー)
つまり、完成品としての記事だけじゃなくて、それを作るプロセス全体が読める状態になった。
サイトのフッターにも GitHub へのリンクを置いた。気になった人が辿れるように。
たぶん副作用も出る
公開してみて、たぶんこれから出るだろうな、と思っている副作用がひとつある。
下書きを安易に置きづらくなる、という圧だ。
これまでは「とりあえず書き散らかして content/drafts/ に置いておく」ができた。今後は「未公開とはいえ、見られる場所」になるので、無責任な草稿を置きにくくなる気がする。
これは悪い影響かもしれないし、いい影響かもしれない。本当に出すつもりがない下書きを溜め込まなくなる、という効用にも転びうる。
…これも、しばらく運用してみないとわからない。
公開ボタンを押したあとに思ったこと
切り替えコマンドを叩いて、ブラウザでリポジトリを開き直したとき、思ったよりあっさりしていた。
ページの見た目はほとんど変わらない。違うのは、リポジトリ名の横の「Private」というラベルがなくなって、「Public」になっただけ。
でも、その一瞬で、このメディアの情報量が一段増えた気がした。記事を読んでもいいし、その記事の MDX を読んでもいいし、それを書いたプロンプトを読んでもいい。読み方の選択肢が増えた。
これがどう作用するかは、まだ何もわからない。誰かが fork するかもしれないし、誰も気にしないかもしれない。
ただ、作り方ごと見せるというスタンスを、口で言うだけじゃなくて、ちゃんと実装に落とした。それだけは今日の成果として残しておきたい。
もし「自分のメディアやプロダクトを、どこまでオープンにするかで迷っている」という方がいたら、ぜひ話しましょう。判断の軸を一緒に整理するだけでも、けっこう前に進む気がしています。