プロトタイピング

規格外野菜を加工品にしてみたら、つくるのも売るのも想像以上だった

「ただ干せばできる」と思っていた

前の記事で書いたとおり、2019年の僕は「規格外野菜がもったいない」という症状ベースの動機で動き始めた。日本のフードロスは年間650万トン、地元の農家さんは毎年けっこうな量を畑に残している、加工品にすれば活かせるんじゃないか、と。

そこで最初に思いついた打ち手が、乾燥野菜だった。

理由はシンプルで、設備が大げさじゃないと思ったからだ。ジャムやペーストには煮沸瓶詰の設備と衛生管理が要る。冷凍は流通が難しい。乾燥なら、町内の施設の乾燥機を借りればいい。保存性も長いから、ロットの安定しない規格外野菜と相性がいい。

「ただ干せばできる」と思っていた。

…これが大きく外れていた、というのが、この記事の本題だ。


やったこと — 規格外野菜を引き取って、乾燥して、売ってみる

仕組みとしてはシンプルだった。

  • 地元の農家さんから、出荷規格外の野菜や、収穫適期を外した野菜を引き取る
  • チグリスのシェアキッチンと、町内の施設の乾燥機で、小ロットで加工する
  • パッケージを作って、店頭やオンラインで売る
  • 売上の一部を生産者に戻す

メインターゲットにしたのは、大根、人参、ピーマン。乾燥でうまくいく前例があるものを選んだ。

KIMOBETSU Foodies という名前のチームを作って、食品加工に明るいメンバー、農家さん、僕、デザインができる仲間、という構成で動き始めた。


試作1の壁 — 乾燥野菜は、技術が要る

実際にやってみたら、「ただ干せば」じゃ全然できなかった。

  • 温度と湿度で乾き方が全然違う
  • 加熱時間が長いと変色する。短いと水分が残って腐る
  • 「36時間が目安」と教わったが、季節と機械で目安は変わる
  • 失敗すると「焼けて変色」か「旨味が逃げて、麩のような味のないモノ」になる

僕らは食品加工の素人だった。衛生管理、ラベル表示、品質の安定化、保存試験、ぜんぶを独学で覚えた。乾燥機を借りてはデータを取って、条件を少しずつ絞っていく作業を半年くらい続けた。ようやく「これは商品として出せる」というレベルに到達したのが、立ち上げから半年〜1年たった頃だったと思う。

ここで一つ、当時の僕が完全に油断していたことがある。加工というのは、それ自体が職人技だということ。

Foodies にはたまたま食品加工に明るいメンバーがいた。彼がいなかったら、僕らはこの試作1の段階で詰んでいた。素人が4人集まっても、乾燥野菜は作れない。「素人でもできる加工」というのは、世の中にはあまりない

→ ここでの学び:地域の試作は、最初に専門性を持った協力者を巻き込めるかどうかで、ほぼ勝負が決まる。


試作2の壁 — 販路は、想像の3倍厚かった

つくれるようになっても、売れなかった。

販路を試していった順に書く。

道の駅・直売所 委託料が思ったより高く、棚に置いた分が売れ残ると戻ってくる。継続的な売上を立てるには厳しい。商品の存在は知ってもらえるけど、それ以上にならない。

スーパー そもそも少量品を扱いたがらない。年間を通じて安定供給できないと、棚に置いてもらえない。規格外野菜は供給が安定しない、というのが、ここでまた跳ね返ってきた。

観光土産 チグリスは観光客が立ち寄る土地にある、ということで、土産物の方向も試した。でも、北海道産の加工品は競合が無限にある。「北海道産○○のお菓子」のレッドオーシャンに、地味な乾燥野菜は埋もれた。

オンライン販売 直接EC で売ろうとすると、送料がネックになる。乾燥野菜は単価が安いから、送料負けする。バンドル販売(複数まとめて売る)にしないと採算が合わない。

ふるさと納税 これは可能性があった。でも、自治体の審査と書類対応がそれなりに重くて、小さなチームでは回しきれなかった。

そして全部を貫いて、いちばん効いた壁が「コストと売価のバランス」だ。

規格外野菜を引き取り、加工し、パッケージし、流通させると、原価が安いとは言えなくなる。教科書的には「規格外を安く仕入れて、加工で付加価値をつけて、高く売る」だが、これは大規模・効率化された現場での話で、地域の小さなオペレーションでは原価が膨らみやすい

「規格外だから安い」は、農家から見たら「ほぼタダで持っていく」になる。それでは生産者に還元する仕組みが作れない。かといって、適正な価格で引き取ると、加工コストとあわせて売価が一般流通の倍以上になる。

→ ここでの学び:「加工品が解いていたのは、構造の中のロット流通の一部だけ」だった。analysis 記事で書いた4層構造のうち、僕らが手をつけられたのはこの2つで、しかも販路という別の壁は、この4層には含まれていなかった。打ち手の前提に、ぼっかり穴が開いていた。


それでも、加工品は残った

ここで終わったら、ただの失敗談で終わる。でも、Foodies の話はもう一段ある。

5年経った2026年現在、KIMOBETSU Foodies としての活動は休眠中だ。チームでの定期的な動きはもうない。

でも、このプロジェクトに関わってくれた地元農家さんが、Foodies で開発した加工品を、自分の事業として続けている。レシピと販路の一部を引き取って、自分のブランドの商品として販売を続けている。

つまり、僕らが必死にやっていた「つくる」と「売る」の試行錯誤は、最終的にチグリスを離れて、農家さんの本業の一部に着地した

これは、当時の僕が想像していた絵とは違う。 当時は「Foodies がブランドとして大きくなる」「Foodies の商品が地域の顔になる」みたいな絵を描いていた。実際に残ったのは、Foodies というブランドじゃなくて、農家さんの個人事業の一部だった。

…でも、いま振り返ると、これが一番健全な終わり方だったと思う。


なぜ農家さんの手元で残ったのか

理由を分解すると、こうなる。

① 加工の技術が、本業の延長線上にあった

農家さんにとって、自分が育てた野菜を加工することは、本業の延長だった。素人の僕らが必死に学んだ衛生管理や乾燥条件は、彼にとっては「自分の作物の品質管理」の一部として、すぐに馴染んだ。

② 販路を作る理由が、本業として明確だった

僕らにとって販路開拓は「プロジェクトの売上を立てる」というかなり曖昧な目的だった。農家さんにとっては、「自分の農場のブランドを広げる」という、本業の中で意味のある活動だった。同じ販路開拓でも、続ける動機の強さが違った。

③ ロットと供給の問題が、自分のコントロール下にあった

僕らは複数の農家さんから少しずつ規格外を集めていた。だから供給が読めなかった。農家さんが自分でやる場合は、自分の作付け計画に組み込んで、加工量を読める。ロットの問題が、構造的に解けた。

要するに、僕らがチームでやっていた頃の「無理して解いていた問題」が、農家さんの本業に組み込まれると、自然に解ける問題に変わったということだ。

これは結構大事な学びだ。プロトの最後の着地点は、そのプロトを本業として持つべき人の手元。チームで持ち続ける必要はない。


当時 vs いまの解釈、まとめ

観点当時の僕(2019年)いまの僕(2026年)
加工の難易度「干すだけ」だと思っていた食品加工は条件管理がほぼ全て。専門家を最初に巻き込む
解いていた問題「フードロス全般」構造の中の「ロット」と「流通」の一部だけ。販路は別の壁
仮説の置き方「収穫期人手不足」と「販路」を同時に解こうとした一度に解けるのは1個。混ぜると、検証の学びがブレる
プロトの所有チームで持ち続けるのが当然最初から農家さんに渡せる形で設計するのが正解
ブランドFoodies という名前を残したかった名前は残らなくていい。商品と仕組みが本業に着地すれば成功
失敗の定義売上が立たなかったら失敗売上が立たなくても、誰かの本業に着地したら成功

プロトタイピングの距離感

ここから一段抽象化すると、地域でプロトを作る時の「距離感」の話になる。

僕の中の結論はこうだ。プロトは、最初から地域の人の手元に渡る前提で設計する

僕らがチームで囲い込んで「これは Foodies のブランド商品です」とやり続けていたら、加工品は Foodies の解散と一緒に消えていた。そうじゃなくて、最初から「これは将来、農家さんが自分の商品として持つもの」と思って作れば、レシピも価格も販路も、最初から渡せる形に寄っていく。

これは、僕がよく言う「地域のカスタマーサクセス」というスタンスとつながっている。

僕が地域でやりたいのは、プロダクト開発でいうカスタマーサクセスに近い。お客さんが自社プロダクトを使って自走できる状態を作ることが、カスタマーサクセスの仕事だ。地域でも同じで、地域の人たちが自走できる状態を作って、自分はそこから離れる。

火種をつくる、仕組み化する。あとは地域の人の手に渡す。

Foodies の加工品は、僕の意図とは別に、この理屈で動いてくれた事例だった。チームとしては解散したけど、加工品という火種は農家さんの本業に着地した。これは「失敗」じゃなくて、想定よりちょっと早めに手が離れただけだ。


ふりかえって、何を変えるか

仮にもう一度、規格外野菜の加工プロトをやり直すなら、こう動く。

  1. 加工の専門家を最初に巻き込む。素人だけのチームでは始めない。
  2. 仮説を同時に複数解こうとしない。最初の半年は「つくる」だけに絞って、「売る」は後回し。
  3. 引き取る農家を最初は1軒に絞る。複数から集めるとロットも品質もぶれて、検証軸が混ざる。
  4. 完成したら、その1軒の農家さんに事業として渡すことを最初から計画に入れる。
  5. ブランドは、自分たちじゃなく、引き取ってくれた農家さんの名前にする。

これは、当時の僕には絶対にできなかった動き方だ。「もったいない」で動き出した感情には、こんな冷静な順番はなじまない。

でも、感情で動き出した先で、こういう順番に整理し直す視点は、いまの僕は持っていたいと思っている。


結び

ということで、当時の僕は「ただ干せばできる」と思って動き始めた。実際にやってみると、つくるのも売るのも、想像の数倍難しかった。

でも、その難しさを最後に吸収してくれたのは、Foodies というチームじゃなくて、地元の農家さんの本業だった。

プロトを完成させるんじゃなくて、プロトを誰かに渡せる形にすること。これが、地域で試作することの一番の意義だと、いまは思っている。

僕のところには、もう加工品は残っていない。代わりに、農家さんのところで、いまも売れている。

それで、いい。


もし「うちでも規格外の活用をやろうとしている」「加工品プロジェクトの販路で苦戦している」みたいな方がいれば、ぜひ話したいです。つくり方より、誰に渡すかの話の方が、僕は聞きたいです。


この記事について

この記事は、過去の僕が書いた以下の note を元に、いまの解像度でリライトしています。

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