店を開けて半年で、人が来なくなった
2019年の5月、北海道の人口2000人の小さな町・喜茂別に、coffee&sharespace tigris という店をオープンした。
国道230号と国道276号という、北海道の南西部をつなぐ大きな道が交差するちょうどその場所に、店はある。札幌・新千歳空港から車で約90分、周辺にはニセコ・ルスツ・洞爺湖。年間で250万人ほどが、この小さな町を「通過」している。
その通過する車のうち、ほんの少しでも足を止めてもらえたら…という気持ちで開けた店だった。
そして、もうそろそろ1周年というタイミングで、新型コロナウィルスが来た。集客はまばら、売上は前月比でおそらく半減する見込み。田舎の小さな店にとって、これは普通にしんどい状況だった。
…で、どうする?
そもそもチグリスは「ハブ」のつもりだった
店の名前の由来から書いておく。よく「リス好きだからチグ"リス"でしょ?」と言われるけど、違う。
メソポタミア文明が生まれたチグリス川・ユーフラテス川から取った。ふたつの大きな国道が交差する喜茂別という土地で、文明…とまでは言わないけど、新しい何かが生まれる場になればいい、という願いを込めて名付けた。
観光資源は正直、強くない町だ。だから、観光地と観光地の間に立って、情報を集約して届けるハブになろう、というのが立ち上げ当時のコンセプトだった。
コーヒースタンドとシェアスペースを軸に、シェアキッチンとギャラリーも併設した。コーヒーは飲みに来てくれる人のフックで、本当に届けたかったのは「ここに行けば、なんかおもしろそうな話がある」というワクワクの方だった。
僕の中ではもう一段先の絵もあって、チグリスを起点にコミュニケーションが生まれ、そこから地域課題を解くプロジェクトが立ち上がっていく、というのが理想だった。場づくりそのものより、場の先に何が育つかの方を見ていた。
そこにコロナが来た。
当時はこう考えていた — 物理ハブを、オンラインに延長する
物理的に人が来られないなら、オンラインに延長すればいいんじゃないか。
いまの感覚だと当たり前に聞こえるかもしれないけど、2020年4月時点で、リモートワークはまだ「特殊な働き方」だった。Zoomは知る人ぞ知るツールで、Discordもゲーマー以外には浸透していなかった。会社員の友人たちが「在宅勤務」という言葉を初めて使い始めたのが、ちょうどあの頃だ。
僕はその少し前から、田舎でリモートワークをしていた。だから「物理的に離れていてもコミュニケーションは取れる」という感覚が、たぶん同世代の中では先に来ていた。
そのうえで、こう考えていた。
僕ならではのアプローチでできることがあるんじゃないか。田舎にある店をオンラインに延長すれば、「喜茂別」というこの町への心理的距離も縮められるんじゃないか。
集客のためのオンライン化、ではなかった。コロナ対応の応急処置、でもなかった。物理ハブの機能をオンラインに移植して、関係人口的なつながりを継続させる、という仮説を試したかった。
当時の言葉ではそこまで整理できていなかったけど、いまの言葉に置き換えるとこういう仮説だった。
やったこと① — Remoで2日間のテスト営業
最初にやったのは、Remo というオンラインコミュニケーションツールを使った2日間のテスト営業だった。
Remoは「テーブルごとに会話できる」のが特徴のツールで、画面上にバーチャルなテーブルがいくつもあって、参加者はテーブルを移動しながら会話に出入りできる。実店舗の雰囲気をオンラインで擬似的に作れそうな構造をしていた。
Twitterで「tigris Remo店、2日間だけ開けます」と呼びかけた。来てくれたのは、東京にいた頃の友人たちが中心だった。
やってみた感想は、シンプルに言うとこうだ。
対面と変わらないコミュニケーションが取れた。
物理的に北海道と東京で離れているはずなのに、話している間はその距離をほとんど感じなかった。これは正直、当時の僕にとって発見だった。
ただ、すぐに気持ち悪い感覚もきた。「これ、うまくいったのは元から友達だったからじゃないか」と。
テストで見えた、3つの壁
参加してくれた友人から、いくつか鋭いフィードバックをもらった。リアル店舗との違いとして、こんな点が指摘された。
壁①「窓から店内が見えない」問題 リアル店舗だと、通行人は窓から中の様子をちらっと見られる。誰がいるか、混んでるか、雰囲気はどうか。入店判断のための情報が外から取れる。一方、オンラインの店は、URLをクリックするまで中の様子がまったく見えない。いわば、外から中が見えない一見さんお断りのバーになってしまっていた。
壁②「入店の口実がない」問題 リアルのチグリスには「コーヒーを飲みに来た」という便利な口実があった。コーヒーは入店のフックで、本当の目的(雑談、作業、誰かに会いに)を口に出さなくてもいい免罪符の役割を果たしていた。オンライン店にはそれがない。「コミュニケーションを取りに来ました」を最初から表明しないといけない。これはハードルが高い。
壁③「入店目的の多様性」問題 リアル店舗のお客さんは目的がバラバラだ。コーヒーが目的の人、なんとなく作業したい人、誰かと話したい人、僕の知り合いに会いに来た人、ただおしゃれな店の空気を吸いに来た人。全員が違う目的で、同じ空間に共存している。この「目的の多様性」をオンラインでどう吸収するかは、Remoの設計だけでは解けなかった。
そして、Remo自体は月額コストがそれなりにかかるので、継続運用は現実的じゃなかった。
やったこと② — Discordで第2号店をオープン
Remoの学びをふまえて、次に試したのがDiscordでの第2号店オープンだった。同じ2020年4月、Remoテストの数日後に踏み切った。
メニューはひとつだけ。「コミュニケーション(¥0)」。
店内(ボイスチャンネル)の設計はこうした。
- コーヒースタンド — 基本的に店主(僕)はここにいる
- ワークルーム — 仕事や読書をする場所
- ミーティングルーム — 打ち合わせ用
- 移住相談窓口 — 喜茂別での暮らし方・関わり方を相談できる
- マルシェ — 地元のおすすめ商品を紹介。生産者も登場するかも
ボード(テキストチャンネル)には、自己紹介、雑談、アナウンス。
「幹事さんがわざわざZoomのURLを発行する必要なし」という売り文句で、会合やイベントでの場所貸しもできるようにした。
リアル店舗の機能を、できる限り素直にオンラインに移植したつもりだった。
いま見直すと、これは「コロナ対応」じゃなかった
ここから、当時の自分が言語化できていなかった話を、いまの解釈で書く。
当時の僕は、これを「コロナで店に来られない人のためのオンライン延長」だと説明していた。実際にnoteにもそう書いた。
でも、5年経ったいま見直すと、あれの本質はコロナ対応じゃなかったと思う。
本質はこう言える。
物理拠点を持ちながら、関係人口を物理距離と切り離す、というプロトタイプだった。
コロナはきっかけではあったけど、僕がやりたかったのは「田舎の店という拠点を、遠くの人にとっても継続的に関われる場にする」ことだった。それは前からずっと考えていたことで、コロナがそれを実験する口実をくれただけだった。
リモートワークが当たり前になって、Discord も Zoom も日常の道具になったいま、当時の試みは「時代を先取りした」という言い方もできるかもしれない。でも、正直に言うとそれは違って、先取りはしたけど、構造的に弱かった、というのが正確だ。
なぜ機能しなかったか — 物理店舗の機能を3層で分解する
いまプロダクト思考で見直すと、物理店舗の機能はこう分解できる。
L1: 入店のきっかけ
コーヒーという口実 / 窓から見える店内 / 通りすがれる動線
L2: 滞在中の自由度
雑談・作業・読書・打ち合わせ、目的を変えながら過ごせる
L3: 場所性(「ここに行けば誰かいる」期待値)
営業時間中はいつでも、誰かしらがいる安心感
当時のオンライン延長は、L2と L3 は素直に移植できると考えていたけど、L1の難しさを見誤っていた。
L2は実は再現できる。Discord のボイスチャンネルで作業しながら雑談する文化は、その後ゲーマー以外にも広まった。当時の設計(コーヒースタンド・ワークルームみたいなチャンネル分け)は、いまから見れば普通の使い方だ。
L3 も、形を変えれば再現できる。ただし「常時誰かがいる」は無理で、「この曜日のこの時間なら誰かいる」というタイミングの偶然性に置き換える必要があった。常時開いている部屋は、誰もいない時間の方が圧倒的に多くて、その時に来た人にとっては「シーンとした空店舗」にしか見えない。
そしてL1。これがいちばん難しかった。
リアル店舗の「コーヒー」「窓越し」「通りすがり」に相当するものを、当時のDiscord店は持っていなかった。入る目的を持っていない人が、何となく覗いて何となく長居する、という最弱の入り口を作れなかった。
結果として、リアルが戻った瞬間に役割を失った
その後どうなったかも書いておく。
緊急事態宣言が明けて、人の流れが戻り始めると、オンライン店はだんだん使われなくなって、いまは休業状態にある。
これを「自然な流れだった」で片付けることもできるけど、いま振り返るとけっこう象徴的な結果だったと思う。
なぜなら、リアル店舗が動き出した瞬間に役割を失ったということは、オンライン店は最後まで「リアルの代替」としてしか機能していなかった、ということだからだ。独立した存在価値、つまりオンライン店だけが提供できる入り口(独自のL1)を、結局作れなかった。
「リアルが開いてるから、わざわざオンラインに行く理由がない」。そう判断されたら、もうそこで終わりだった。
…これに気づいたのも、最近のことだ。当時はただ「リアルが戻ったから役目が終わった」と素直に受け止めていた。
当時 vs いまの解釈、まとめ
| 観点 | 当時の僕(2020年) | いまの僕(2026年) |
|---|---|---|
| 何を解こうとしていた? | コロナで来られないお客さんを、オンラインで補完する | 物理拠点と関係人口の距離を、構造的に短くする |
| 物理→オンラインの設計 | 同じ機能を、同じ形でそのまま移植する | L1/L2/L3で機能分解し、それぞれ別の形に翻訳する |
| 一番のハードル | 「窓から見えない問題」と漠然と感じていた | L1(入店のきっかけ)を、オンライン用の別形式で作り直すことだった |
| Discordの位置づけ | リアル店舗の延長 | 「常時接続」より「定期イベント+テーマ」の方が向いていた |
| その後どうなったか | 緊急事態宣言が明けて自然と休業に。役目を終えたと受け止めていた | リアルが戻った瞬間に消えた=独自の入り口を持てていなかった裏返し |
学び — 場のオンライン延長は「同じ形」ではなく「役割分担」で
ここまで言語化して、自分の中で残った一番の学びはこれだ。
物理拠点とオンライン拠点は、同じものを2か所で運用するのではなく、役割を分けて連携させた方がいい。
- 物理拠点(リアルのチグリス)は、タイミングが合えば偶然出会う場。コーヒーと通りすがりを使った最弱の入り口を活かす。
- オンライン拠点は、会いに行く目的やテーマがある場。雑談を主役にせず、地域課題やプロジェクトみたいな軸を置く。
当時の僕は両方を「コミュニケーション」というメニュー一つで束ねようとしていた。それが、いまから見るとボタンの掛け違えだった気がする。
…これ、いま振り返るとちょっと悔しい。気づくのが5年遅かった。
次のステップ — このメディア自体が「次のチグリス」かもしれない
いま、僕は「地域課題、どう解く?」というメディアを立ち上げようとしている。
それは喜茂別の店から関係人口を広げる、という当時の関心の延長線上にある。ただ、今回は雑談をメニューに置かない。地域課題というテーマを軸にして、そこに興味がある人が、距離を超えて関わる場を作ろうとしている。
つまり、当時のDiscord店で見誤った L1(入店のきっかけ)を、今回はテーマと記事で作り直そうとしている。
うまくいくかは、これからやってみないとわからない。でも、5年前のあの春に試したことが、いまのこの試みに地続きでつながっているのは間違いない。
…役目を終えたプロトを、なかったことにしないでよかったな、と思う。
もし「うちの地域でも似たことを考えている」「物理拠点とオンラインの繋ぎ方で迷っている」みたいな方がいれば、ぜひ話したいです。一回試して5年寝かせた話なので、共通点があると面白いと思います。
この記事について
この記事は、過去の僕が書いた以下のnoteを元にリライトしています。
- おもしろい"なにか"が集まる場所が喜茂別にできればいいと思うんです。(2019/11/11)
- オンライン店のテスト営業をしてみた。(2020/4/18)
- coffee&sharespace tigrisの第2号店をオンライン上でオープンします。(2020/4/18)