構造分析

規格外野菜は『余ってる』んじゃない。フードロスを構造で解いてみる

「これ、毎年けっこう余るんだよね」と農家さんは笑った

チグリスでコーヒーを淹れながら、地元の農家さんと話していると、毎年のように出てくる話題がある。

「畑で形が悪いから出荷できない野菜が、毎年けっこうな量で出る」 「収穫が間に合わなくて、適期を外したやつは出せないから、そのまま畑に置いてある」 「加工したいけど、設備も時間もない」 「個人で売るには、ロットが半端で難しい」

最後はだいたい「まあ、しょうがないんだけどね」と笑って終わる。その笑いの中に、毎年毎年積み重なってきた諦めみたいなものがあって、僕はずっとそれが気になっていた。

「品質に問題はない」のだ、と農家さんは強調する。形が悪いだけ。収穫が数日遅れただけ。それでも、流通には乗らない。家畜の餌になるか、最悪は廃棄になる。

これが、2019年の僕が「フードロスでなにかしたい」と動き始めた、入り口だった。


「規格外野菜が余る」は症状であって、課題じゃない

ゴミの構造を解いた前の記事で書いた話を、ここでもう一度持ち出したい。

プロダクト開発でよく言われることがある。ユーザーが報告する問題は、症状であって原因ではない

「規格外野菜が余って捨てられている」というのも、同じだ。これは症状であって、解くべき課題ではない。

当時の僕は、ここを飛ばした。

「もったいない野菜があるなら、加工すれば?」という、症状への直接アプローチで動き出した。日本のフードロスは年間650万トン、という数字を頭に置きながら、シェアキッチン付きのチグリスで小さな加工プロジェクトを立ち上げた。KIMOBETSU Foodies という名前にした。

動き始めることはできた。でも、いま振り返ると、課題を定義する前にアクションに入っていた


なぜ規格外野菜は『余る』のか — 4つの層に分解する

5年経って同じ問いを構造で見直すと、こうなる。

① 労働力 — 収穫適期に手が足りない

野菜には収穫適期がある。トマトもブロッコリーも、ニンジンもダイコンも、数日ずれると品質が落ちる。でも、地方の農家の多くは家族労働、もしくは1人〜数人の規模で動いている。収穫適期にすべての畑を回るのは、物理的に難しい。

結果、間に合わなかった分は畑に残る。これは「規格外」ですらない、「適期を外した」だけの普通の野菜だ。

② 流通設計 — 規格に乗らない

スーパーや市場の流通には、厳密な規格がある。サイズ、形、色。曲がったキュウリ、二股のニンジン、傷のついたトマトは、それだけで弾かれる。

これは農家側ではどうにもならない。流通の側の設計問題だ。

③ ロット — 個人販路には量が半端

「じゃあ直販すれば」と思うが、規格外の量は、その年・その作物によって全然違う。10kgのこともあれば、100kg を超えることもある。

継続的な販路を作るには量が安定しない。単発で売り切るには、家族で食べるには多すぎる。この「ロットが半端」というのが、地味に効く。年間を通じた商流が組めない。

④ 文化 — 「廃棄が当たり前」になっている

これが一番厄介な層だ。

何年も何年も、規格外野菜を畑に置いてきた歴史がある。「もったいないけど仕方ない」というのが地域の合意事項になっていて、誰も問題として再定義しない。

「ふつう」になっていることを問い直すのは、データや効率の話じゃない。文化を変える話になる。


構造を図にすると、こうなる

【症状】規格外野菜が毎年廃棄される
  ↑
【構造】
 労働力 → 収穫期に手が足りない(適期収穫の取りこぼし)
 流通設計 → 出荷規格に乗らない(曲がり・サイズ・傷)
 ロット → 個人販路に対して量が半端(少なすぎ or 多すぎ)
 文化 → 「廃棄が当たり前」になっている(再定義されない)

この構造で見ると、打ち手の方向性が4つに分かれる。

打ち手の方向
労働力収穫サポートの人手・道具・タイミングを変える
流通設計規格外を流せる別チャネルを作る
ロット加工して保存性とロットサイズを変える
文化「これは資源だ」という再定義をやる

ここで重要なのは、4つは別々の打ち手を要求するということ。

当時の僕がやろうとした「加工品にする」は、③ロットと②流通の一部に効く打ち手だ。でも、①労働力の問題は解決しない。④文化の再定義には、加工品が一つの象徴にはなるけど、それだけでは弱い。

つまり、「加工品にすればフードロスが解ける」は、構造の一部にしか効かない。当時の僕は、それを全体への打ち手だと思い込んでいた。


「フードロス」というラベルが、構造を見えなくしていた

もう一つ、いま気づいていることがある。

「フードロス」という言葉は強い。強すぎる。全部「もったいない問題」に丸めてしまう。

でも構造で見ると、捨てられる食材には少なくとも3つのフェーズがある。

  1. 出荷前ロス:畑や漁場で発生。労働力・規格の問題。今回の話。
  2. 流通ロス:スーパーや市場で発生。賞味期限・需給ミスマッチ。
  3. 家庭ロス:消費者の手元で発生。消費行動・冷蔵庫の中の問題。

世間の「フードロス削減」の議論は、ほとんど②と③の話だ。レシピ動画、フードシェアアプリ、消費期限の見直し。

①の話は、ほぼ表に出てこない。なぜなら、データに載らないから。フードロス統計の多くは、出荷後の数字だ。畑で捨てられる分はそもそもカウントされない。

これは結構大事な認識だ。地域で「フードロスをやろう」と言った時、まずどのフェーズの話をしているのかを分けないと、議論が噛み合わない。①の話をしているのに、②向けの打ち手が議題に乗ってくる、みたいなことが普通に起きる。


当時の僕は、「もったいない」を起点に動いていた

ここで、当時の頭の中を正直に書いておきたい。

2019年の僕がFoodies を立ち上げた時、頭の中にあったのは「もったいない」という素朴な感情と、「年間650万トン」という象徴的な数字だった。構造は見えていなかった。象徴的な数字に乗せられて、課題を再定義する前にアクションに入っていた。

…でも、当時のあの動き方が、間違っていたとは思っていない。

「もったいない」という感情ベースで動いたからこそ、農家さんも乗ってくれた。メンバーも集まった。最初から「これは労働力と流通とロットと文化の4層問題だから順番に解きましょう」と言っていたら、たぶん誰もついてこなかった。

地域で何かを始める時、最初から構造ベースで動かなくていい、というのが、いまの僕が持っている解像度だ。

ただし、動きながら途中で構造として捉え直す作業はやった方がいい。これをやらないと、打ち手がずっと症状ベースから抜け出せない。「加工が大変だね」「販路が見つからないね」を繰り返して、本来効くべき層に手が届かないまま消耗していく。

僕がいま振り返って思うのは、Foodies のときに2年目あたりで一度立ち止まって、「自分たちはこの構造のどの層を解いている?」と整理すべきだった、ということだ。


当時 vs いまの解釈、まとめ

観点当時の僕(2019年)いまの僕(2026年)
課題定義「規格外野菜がもったいない」(症状ベース)「労働力・規格・ロット・文化の4層構造」(原因ベース)
データの捉え方全国650万トンが起点出荷前ロスは統計に乗らない/地域固有の量で考える
「フードロス」の使い方キャッチコピーとして使う議論前に「どのフェーズの話か」を分ける
打ち手の見立て加工品で全部解ける加工はロットと流通の一部に効くだけ
動き出し方構造を見ずに飛び出した感情で動き出していい、でも途中で構造に戻る

プロダクト思考で地域課題を見るということ

ここまで読んで、「規格外野菜にプロダクト思考って大げさじゃない?」と思った人もいるかもしれない。

でも、僕はそうは思わない。

プロダクト思考の本質は、課題を正しく定義してから解くということだ。症状を見て感情的に反応するのではなく、構造を理解してから打ち手を考える。それは、地域課題でも、アプリ開発でも、本質的には同じだ。

ただし地域には地域の順番がある。まず動いて、人を巻き込んでから、構造に戻る。プロダクトの世界よりは、感情の比重が大きい。それは欠点じゃなくて、地域でやる時の与件だと思っている。

「もったいない」で動き出すのは正しい。途中で「これは何の問題なんだっけ」と振り返れるかどうかが、その後の打ち手の精度を決める。


じゃあ、次は何をする?

構造はわかった。当時の僕は「加工品にする」という打ち手で動いた。実際にやってみたら、想像とぜんぜん違う壁にぶつかった。

つくるのが大変だった。販路が見つからなかった。コストと売価のバランスが合わなかった。

でも、その「うまくいかなかった」が、結果としては地元農家さんの本業の一部に着地している。プロトとしては、めずらしく良い終わり方をした事例だ。

その実際の試作と検証の話は、prototype 記事の方に書く。

規格外野菜を加工品にしてみたら、つくるのも売るのも想像以上だった


もし「うちの地域でも同じような野菜の余りが出ている」「フードロスを地域でやろうとしている」みたいな方がいれば、ぜひ話したいです。打ち手の前に、どの層の話をしているのかを一緒に整理するところから始められると思います。


この記事について

この記事は、過去の僕が書いた以下の note を元に、いまの解像度でリライトしています。

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