構造分析

「協力隊 2 名で定着率 50%」を、4 つの層で解いてみる

「定着率は、だいたい半分です」

ある自治体の移住担当者と話していた。北海道の、人口数千人規模の町。

「いま、地域おこし協力隊は 2 名です。定着率は、だいたい半分ぐらいですね」

担当者は淡々と言った。新規採用は今年、4 月・6 月・7 月で計 4 名を予定していて、追加で 5〜6 名の枠もあるのだという。けれど移住施策は未整備で、ガイドブックもパンフレットもない。予算は広告費に偏っていて、制度設計に充てる費用はほぼない。

僕はその一連を聞いて、これは「採用の話」ではないな、と思った。

「採っても残らない」が常態化している、という話だ。

このメディアでは foodloss-no-kouzougomi-no-kouzou で、症状ベースで動き始めた地域課題を構造で捉え直す書き方をしてきた。今回も同じやり方で、「定着率 50%」という一行を、4 つの層に分けて見てみる


4 層に分解する

「協力隊が定着しない」を、こう分けてみる。

何の話かこの自治体の状態
採用誰にどう声を届けるか主要求人媒体に出稿、効果は薄い
受入着任後の最初の数週間〜数ヶ月ガイド/パンフ未整備、制度の輪郭が見えない
ミッション何を仕事にするか業務内容未確定のまま採用枠だけ走る
暮らし住居・人間関係・1 年後の自分設計の対象として明示されていない

それぞれの層で、起きている現象と、そこに使えるはずの語彙を順番に書く。


採用層 — 「広告費」が "獲得後" に効かない理由

この自治体の場合、求人は協力隊向けの主要媒体に出稿していて、それでも応募の質と量が安定しない。担当者は「コンサルティングで掲載から記事作成まで一括で支援する提案を受けている」と言っていた。

ここで PdM の視点で見直したいのは、「広告費を増やす」と「定着率が上がる」は、ほぼ無関係だということだ。

広告は獲得の入口に効く。けれど、入口に流れ込む人数を増やすだけだと、後段(受入・ミッション・暮らし)の漏れがそのまま定着率の悪化として返ってくる。SaaS で言えば、サインアップを増やすだけでチャーン対策をしない状態に近い。

採用層で本当にやるべきは、媒体の選定や出稿の最適化よりも前に、「誰に来てほしいのか」「来た人が 1 年後にどうなっていてほしいのか」を言語化することだ。それが採用ページにもパンフレットにも一貫した形で載っていない限り、媒体を変えても結果は変わらない。


受入層 — "サインアップ後の最初の 7 日"

この自治体には、移住検討者や着任直後の協力隊に手渡せるガイドブックやパンフレットがない。

これは想像以上に重い。

着任した協力隊にとって最初の数週間は、

  • 役場のどこに行けば、誰に何を聞けばいいのか
  • 住民票・住居・口座・車・保険・通信、何をどの順番で整えるのか
  • 自分は何のために来たのか(ミッションの再確認)

を、ひとつずつ手探りで埋めていく時間だ。ここに資料が無いということは、毎回担当者の口頭説明に依存することになり、担当者が代わるたびに伝達がやり直しになる。

SaaS の世界で「サインアップ後の最初の 7 日でユーザーが Aha Moment に到達しないと、3 ヶ月以内のチャーンが極端に増える」とよく言われる。

協力隊の場合は、もっと長い。「着任後の最初の 1〜3 ヶ月で、自分の居場所と仕事の輪郭が見えるか」が、3 年後の定着可否を決める。

ガイドブック / パンフレットというのは、紙のドキュメントが欲しいという話ではなくて、**「最初の数ヶ月のオンボーディング体験を、誰が来ても同じ品質で再生する仕組み」**のことだ。


ミッション層 — "Job to be done" が曖昧なまま採用枠だけ走る

「複数人採用が望ましい、ただし業務内容は未確定」

これも、ヒアリングで出てきた一行だった。

PdM の語彙でいうと、ここは Job to be done が定義されていない状態だ。採用される人は「協力隊」というラベルでは募集されているが、自分が解くべき問題が事前に見えない。

採用される側からすると、これは「未知の会社に、職務記述書なしで転職する」のと近い。よほどビジョンに惹かれた人でない限り、入った後で「思っていた仕事と違う」になりやすい。

業務内容未確定のまま採用枠だけ走るのは、

  • 自治体側に「採用してから一緒に決めよう」という柔軟さの表れでもある
  • 同時に、ミッション設計に手を回す体制が無いことの裏返しでもある

どちらの面が強く出るかは、伴走者がいるかどうかで決まる。


暮らし層 — "1 年後の自分" が想像できる材料

定着率は、最終的に 「ここでの暮らしを 1 年後・3 年後にも続けていたいと思えるか」 に収束する。

これは仕事だけでは決まらない。住居の質、近所との関係、子どもがいれば保育園や学校、買い物、医療、車、雪、回線。それらの何かがクリティカルに欠けていれば、どれだけミッションが面白くても辞める。

ところが、移住推進の予算配分を見ると、ここに直接効く費目は最も薄い。広告費は出るし、講座費用も出るが、「移住者が暮らし始めてから困らないように、住居や生活基盤の支援に予算を回す」は、制度上やりにくい。

ここは構造として一番厚く扱われるべき層なのに、一番予算が降りていない、というねじれが起きている。


予算の "重心" を、後段に移す

整理するとこうなる。

予算配分の実態(多くの自治体で共通)

採用    : ████████████  (広告・媒体・PR)
受入    : █             (ガイド/パンフ未整備)
ミッション : ██           (採用枠は確保、設計工数なし)
暮らし   : █             (個人依存)
本来あるべき配分(仮説)

採用    : ████
受入    : ████████      (オンボーディング設計)
ミッション : ████████      (Job to be done 設計)
暮らし   : ████████      (生活基盤の伴走)

採用層を 1/3 に減らして、後段の 3 層に予算を厚く配り直す。これだけで、おそらく定着率は変わる。

特別交付税の上限 500 万円や補正予算が使えるなら、その使い道として、**「コーディネーター人件費」「ガイドブック / オンボーディング資料」「ミッション設計の伴走費」**を後段の 3 層に流すのが、PdM の視点では理にかなう。


いまの自治体の打ち手と、僕の関わり方

このヒアリングを受けて、僕らが提案しているのは、

  • 10 月にコーディネーター募集を開始
  • 業務内容(ミッション)の整理を先に
  • パンフレット / ガイドの作成を予算化
  • 既存の協力隊 2 名のうち、残った 1 名に「なぜ残ったか」をインタビュー(暮らし層の解像度を上げるため)

という順序だ。

「採用を強化する」よりも先に、「採った後の 3 層」に投資する。それが、4 層分解の結論になる。


開いている問い

このシリーズでは、この自治体の話を起点にしながら、

  • 受入層を、SaaS のオンボーディング設計に倣って再設計する話(次の記事 事前オリエンテーションを再設計する
  • ミッション層を、別の自治体(協力隊募集 200 万円の事例)と並べて見る話
  • 暮らし層を、関係人口 → 移住の連続体として設計する話(kimobetsu-relations と接続)

を書いていく予定にしている。

最後に、僕が一番引っかかっている問いを置いておく。

「定着率を 50% → 70% にするのは、新しい人を採ることではなく、すでに採った人をちゃんと残すこと」 ―― これを制度として組み込むには、誰が、どの予算で、どの工数を持つべきか。

採用予算が広告に流れる構造そのものが、この問いから目を逸らさせている気がしている。

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